美酒紀行2026_Day13〜Day27
Day 13|コチャバンバへ ── 空港の事件

移動日となった2月16日は、ちょうどラパスのカーニバル最終日でした。飛行機の出発まで少し時間があり、街へと繰り出しました。
熱狂の渦の中に身を置きながら、最後までラパスの魂を感じることができた朝でした。
空港での「強制連行」
空港で、事件が起きました。コチャバンバへ向かう飛行機の搭乗口で、岡山の酪農家・三浦さんが突然、階段下へと連れて行かれてしまったのです。
原因はスーツケース内の「アルコール5リットル超え」というボリビアの規定違反でした。
ルール自体は以前から存在していましたが、近年は密輸(コントラバンド)対策を国家レベルで強化しており、空港や国境での検査が格段に厳しくなっているそうです。
三浦さんを残したまま、飛行機はコチャバンバへと飛び立ちました。

Day 14|カーニバルの熱気
不安の中、HISガイド落合さんの迅速な対応に助けられ、翌朝には無事に再会することができました。
翌日はプールサイドでゆっくりと食事を楽しみ、少し頑張った身体を休めました。

その後、三浦さんはアルゼンチン周遊へ。チリでの再会を約束して、それぞれの旅へと向かいました。
月の谷 ── アームストロング船長が見た景色
番外編として、ラパスの「月の谷」をご紹介します。
市街地から車で30分ほど走ると、突如として異世界が現れます。

かつて巨大な山だったこの場所は、数千年にわたる風雨の浸食によって粘土質の土壌が削られ、尖った塔や深い溝が果てしなく連なる独特の地形が生まれました。
人類で初めて月面に降り立ったアームストロング船長がこの地を訪れた際、「まるで月面そのものだ」と感嘆したことが、その名の由来と言われています。
植物もほとんど育たない荒涼とした砂岩の迷路を歩いていると、岩陰から野生の「ビスカッチャ」と目が合いました。
ウサギのような愛らしい姿をした夜行性の動物で、日中に出会えることはめずらしいそうです。

地球の鼓動と宇宙の静寂が同居するような、不思議なエネルギーに満ちた場所でした。
この日の食事は久しぶりのお寿司と魚フライをいただきました。長い旅の果てに、日本の味の優しさが静かに胸に染み渡りました。
ボリビアという国が、ハプニングも絶景も、そして懐かしい味わいも含めて、すべてを糧として与えてくれた旅でした。
Day 15・16|ラパス ── 天皇誕生日祝賀レセプションへ
2月18日はコチャバンバでのビジネスに終日費やし、翌19日は日帰りでラパスへ向かいました。向かった先は、在ボリビア日本国大使館公邸。天皇誕生日祝賀レセプションへの招待をいただいていたのです。

外交の場で誓った、シンガニと日本の架け橋
天皇誕生日祝賀レセプションとは、日本の国家の日(ナショナル・デー)を祝うとともに、「日本とボリビアの友好関係をさらに深めること」を目的とした、「その国における最大級の外交イベント」です。日本大使が主催者となり、各国の大使や外交官、現地政府関係者、在留邦人などを招いて開催される格式高い場です。
このような栄誉ある場に招いていただけるとは、想像もしていませんでした。各国の大使と挨拶をし、新しい日本大使とも直接お話しする機会をいただき、身の引き締まる思いでした。
来年には日本のお酒の試飲会と、日本人バーテンダーによるカクテルパーティの開催についても快諾をいただきました。来年のボリビアツアー目玉として、イベントを考えているとワクワクしてきました。

公邸料理人がつくる日本料理は、長い旅の後の身体に染み渡り、お酒が進みます。ただ、標高3,600mでふだんと同じようにお酒を飲んでしまったのは反省です。
Mugen coffee ── ボリビアと日本を繋ぐ場所
華やかなレセプションの後は、私がボリビアで深く信頼を寄せる「まいさん」が営む「Mugen coffee」へ向かいました。

ボリビア育ちで3か国語を操るまいさんは、この国のコーヒー文化を語るうえで欠かせない存在です。
まいさんが立ち上げた「Mugen Coffee Project」は、ボリビアコーヒーのサステナビリティを追求し、無限に続く循環を目指しています。
天皇誕生日祝賀レセプションにも出店していた彼女の活動は、ボリビアと日本の絆を象徴するものです。
一本の苗木が繋ぐ縁
レセプションの席で、「ボリビアトヨタ」さんが社会貢献活動の一環として苗木を配布していました。

ビジネスの場でありながら、現地の環境に根ざした活動を続けるその姿勢に、深いものを感じました。
利益の先にある社会貢献を、「共に成長し、持続可能な未来を一緒に作る」という長期的なパートナーシップを、成長する苗木というかたちに託して表現する。
日本のブランドの品格を感じました。
植物を愛するまいさんの顔が自然と浮かび、苗木を受け取ってそのまま届けに行きました。喜んでもらえたことが、何より嬉しかったです。

飛行機までの時間、Mugen coffeeでもう一杯カフェラテを飲みながら、この旅で得たものをゆっくりと振り返りました。ここは不思議と思考が深まる場所です。
夕食も同じ場所で、餃子定食をいただきました。ボリビアで粘り気のあるご飯が食べることができ、気持ちが落ち着きました。
今日交わした「未来への約束」が私の進む道にさらなる革新と解決すべき新たな視点を与えてくれます。
Day 19|ボリビアに別れを告げて
2月22日、午前0時。コチャバンバからの最終便に乗り、サンタクルスへ降り立ちました。標高400m。つい数時間前まで4,000mの空の下にいたのが嘘のように、身体がすっと軽くなる感覚がありました。今年のボリビアの旅が、幕を閉じました。
身体が語る、高地の記録
旅を振り返りながら、自分の身体データを確認してみました。
心拍数は低地での「60」が、ラパスでは「70」へと上昇していました。
血中酸素濃度は低地の「96.1%」に対し、高地では「91%」にまで下がっていました。
医学的には呼吸不全直前の可能性がある数値です。そのような環境の中で、毎日これほど動き回っていたのかと思うと、改めて背筋が冷えます

人間の「慣れ」とは恐ろしいもので、旅の途中からは体調の変化をほとんど意識しなくなっていました。
シンガニを育むボリビアの大地が、いかに特別な環境であるか。
数字はそのことを、確かに物語っていました。この地でしか生まれ得ない一滴の重さを、改めて深く感じた旅となりました。
Day 20〜24|チリへ ── ピスコを求めて、再び

ボリビアに別れを告げ、ペルーのリマを経由してチリのサンティアゴへ向かいました。ここからは2度目となる「チリピスコ蒸留所巡り」が始まります。
サンティアゴではHISガイドの落合さん、アルゼンチン周遊を終えた酪農家三浦さん、Bar アルケミストの朴さん、そしてチリピスコカクテルコンペティションの優勝者たちと合流しました。

それぞれの旅路を経て、再びひとつの場所に集まる。その感覚が、またこの旅に新しい色を添えてくれます。
まずはチリ北部の「アタカマ」へ飛行機で移動し、長い旅路の疲れをゆっくりと解きほぐしました。
2月23日から27日にかけてのチリ蒸留所視察編は、改めてお届けします。
Day 25|帰国へ ── 紙一髪の連続と、旅の記憶
チリ国内の移動中、思わぬ試練がありました。格安航空券を予約していたのですが、手渡されたチケットには座席番号がなく、大きく「SBY(スタンバイ=空席待ち)」の文字が記されていました。

搭乗口まで辿り着いても、座席に空きが出なければ乗ることができず、最悪の場合、翌日の便に回される可能性もあるというルールです。
そうとは知らず購入していたため、搭乗口で静かに焦りながら名前が呼ばれるのを待ちました。幸い2番目に呼ばれ、18時台の便に乗ることができました。
格安航空券を利用する際は、時間に十分な余裕を持って空港へ向かうことを、経験として申し添えておきます。
間一髪 ── ラパス空港閉鎖

サンティアゴのホテルにチェックインした後、さらなる知らせが届きました。
ちょうど同じ頃、ボリビアのラパス空港で軍事機の事故が発生し、空港が閉鎖されたというのです。大洪水の影響も重なっていたようでした。
もし落合さんの帰国が一日遅れていたら、空港で足止めを食らうところでした。
落合さんは朝方まで、ラパス空港閉鎖によって影響を受けたHISの別のお客様への対応に追われ、電話が鳴り止まない状態が続きました。その傍らで、私はいつの間にかうとうとしていました。
もしこれが私たちのツアー中に起きていたらと思うと、今でも背筋が冷えます。

この旅が天候にも恵まれ、大きな事故もなく終えられたことを、あらためて感謝しています。
身体の限界を知りながら、ハプニングを紙一重でかわしながら進む。それもまた、世界から最高の一滴を届けるインポーターとしての「旅の醍醐味」なのだと、今は思えます。
Day 26|帰国の日 ── 日本の味が、身体に染み渡る
2月4日に日本を発ってから、チリ、ボリビア、そして再びチリへ、およそ1ヵ月が経ちました。移動の距離も、出会いの数も、ハプニングの重なりも、これまでの旅の中でひときわ濃密な時間となりました。
身体が求めていた、日本の味
帰国当日のランチは、日本食レストラン「五右衛門」へ。旅の序盤、トロントの空港で偶然出会い、チリまでご一緒した高橋さんたちと合流しました。
刺身定食のツヤツヤのウニ、ヒラマサ、サーモンの美味しさに感激しました。
出汁の効いたお味噌汁を一口飲んだ瞬間、1カ月分の旅の疲れが溶けていくような感覚がありました。「日本食が最高!」です。

食後は地下鉄に乗ってショッピングセンターへ行きました。
旅の初日にも立ち寄った「ヨゲンフルーズ」で、お気に入りのダブルアイス(パイナップル&モモ)をもう一度いただきました。
ヨーグルトに果物をその場で混ぜて作るフローズンヨーグルトは、甘さ控えめで果物の味がしっかりと生きています。
シャーベットとアイスの中間のような口当たりと、爽やかな酸味です。

Day 27|帰国 ── 南米の情熱を、鞄に詰め込んで
夕方、日本への帰路につきました。サンティアゴからトロント、バンクーバーを経由して成田へ向かいます。
バンクーバーでは出国手続きがなく、チケットチェックのみでゲートまで進めました。
荷物の受け取りも不要という手軽さに、最初は拍子抜けするほどの簡略化でした。
カナダ経由での南米路線は、乗り継ぎの負担という意味でも十分に検討に値する選択肢です。

一方、サンティアゴの搭乗口では搭乗直前に全員の手荷物検査が行われました。
乗り込む直前に購入したコーラを没収されたのは、思わぬ誤算でした。
空港内の水くみ場を活用できる「空の水筒」を持参しておく。
海外の旅で得た、小さくも確かな知恵のひとつです。
1カ月の旅路を終えて

2月4日に日本を発ち、約1カ月。長い旅路がようやく幕を閉じます。
標高4,000mという過酷な環境に身を置いたシンガニツアーは一時は体調を崩し、彷徨うような日々もありました。それでも、ツアーに参加してくださった皆さまの笑顔と情熱に、何度となく救われました。この地でしか生まれ得ないシンガニの唯一無二の味わいを、五感すべてで再確認できたことは、一生の財産です。
皆さまを見送った後、ひとりボリビアに残ってのビジネス交渉は言葉や文化、商習慣の壁は思いのほか高く、もどかしさを感じる場面も少なくありませんでした。しかし日本大使の後押しをいただいたことで、ようやく未来への光が見えるところまで漕ぎ着けることができました。
そして最後のチリピスコツアーは、「楽しさ」も、「しんどさ」も、「ジレンマ」も、その1週間にすべてが凝縮されていました。それでもその時間のすべてが、これからともに歩む仲間たちとの絆を深めるための、「大切な足固め」になったと感じています。
約1カ月の南米の旅。一つひとつのハプニングが私を強くし、進むべき道を照らしてくれたと確信した、かけがえのない時間です。

南米の熱い情熱と、この旅で得た確かな覚悟を鞄に詰め込んで、帰国便に乗り込みます。日本に帰ったら、まずはゆっくりと温泉に浸かりたいと思います。
この旅で得たエネルギーを、これからは最高の「シンガニ」と「チリピスコ」という形に変えて、皆さまのもとへお届けしていきます。皆さまと美味しいお酒で乾杯できる日を楽しみにしています。
「美酒紀行 チリ・ボリビア編 2026」、お付き合いいただきありがとうございました。